神戸地方裁判所 昭和52年(レ)107号・昭52年(レ)108号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
一昭和五二年(レ)第一〇七号事件について
1、2<省略>
3 そこで、控訴人主張の本件賃貸借契約解除の効力につき検討する。
まず、昭和三九年五月の中島チヨの催告の効力について考えるに、<証拠>によれば、本件各家屋の所有者であつた中島チヨは、その所有権の取得につき登記を経由していたものの、登記簿上右登記より先順位の仮登記にもとづく訴外大利佐一郎名義の所有権移転登記が併存していたこと、大利と中島チヨ間の本件家屋の所有権をめぐる争いは昭和三九年五月当時まだ訴訟係属中であつたことの各事実を認めることができる。ところで、賃貸不動産を譲り受けた新所有者が賃借人に対して賃貸人の地位を主張するには、所有権移転登記を得ていることを要するが、その理由とするところは賃貸不動産が二重に譲渡された場合何れが賃貸人の地位を承継するか不明となり賃借人の地位を不安定にする恐れがあるのでこれを防止するにあると解される。そうすると、たとえ所有権移転登記を得ていても、同時にさらに、これに優先する第三者の所有権移転登記が併存する本件の場合には右の要件を備えたものと言うことはできず、中島チヨは、その賃貸人の地位を賃借人たる被控訴人らに対抗することはできないのであるから、本件昭和三九年の中島チヨの催告はその効力がないものと言わなければならない。
次に、控訴人の本件訴状による催告と昭和五〇年五月二〇日の解除の効力につき検討する。
<証拠>によれば、中島チヨと大利との本件家屋の所有権をめぐる訴訟で大利名義の仮登記及びこれにもとづく本登記の各抹消登記手続を命ずる判決が本訴提起前である昭和四三年三月一四日に確定したことが認められる。そうすると、中島チヨ名義の登記は、右確定判決により賃借人に対する対抗要件を備えるに至つたものということができる。
被控訴人らは、控訴人は中島チヨからの本件家屋の所有権の取得につき登記を有していないから被控訴人らに対し賃貸人たる地位を対抗できず、その催告や解除も効力がないと主張する。しかしながら、賃借人に対して賃貸人の地位を主張するのに登記が要件とされるのは、前記のとおり、賃貸不動産が二重に譲渡された場合の賃借人の地位の不安定を除去するにあるものというべきところ、相続による所有権の取得の場合には、前所有者(被相続人)はもはや存在しないから同人から新たに相続人の権利と相容れない権利を取得する第三者の生ずる余地はなく又、賃借人は相続人の権利取得を否定してみても被相続人との間の賃貸借が復活するものでもないのであるし、加えて相続の事実は容易に立証し、確認しうることも考慮すれば、相続の場合は登記なくして賃貸人の地位を主張しうるものというべきであるから、被控訴人らの右主張は採用し難い。
なお、前記認定の通り、控訴人の本件訴状による催告の当時、本件家屋は控訴人と中西日よ志との共有であつたが、目的物の用益提供が共同相続人の不可分的な債務である以上、これと対価関係にある賃料債権も性質上の不可分債権と解され、従つて一人の賃貸人が金額を請求できるから、本件における控訴人単独による催告も有効である。又本件催告に示された延滞家賃額(昭和三〇年一月分より同四三年五月分まで被控訴人ら各人につき一〇万円)が前記1で認定した各人の賃料で計算した額(被控訴人小森九万〇四三六円、同加納、伊藤龍司各四万〇六九六円、但し昭和四一年一〇月四日までの分は控訴人の相続分二分の一として計算)と相違するが、本件家屋の昭和三〇年以降の延滞賃料についての催告であることが表示されているし、右の程度の金額の相異では請求債権の同一性を損なうとは考えられず、かつ、催告額全額の提供でなければ控訴人が受領を拒絶するような特段の事情も本件証拠上認められないから、右金額の相違の点から右催告を無効と云うことは出来ない。
被控訴人らは、被控訴人らの賃料不払は、本件家屋の所有者が明確でなかつたことが原因である旨主張するが、前記中島チヨと大利佐一郎との間の訴訟について既に昭和四三年三月にチヨ勝訴の判決が確定していたのであり、被控訴人らも本訴提起前に控訴人方を訪れて本件家屋を売つてくれるよう交渉する等、本件家屋がチヨないし控訴人の所有であることを認める態度を示していたことは<証拠>によつて認めることが出来るのであり、更に本訴提起後は、前記判決の正本及びチヨと控訴人の戸籍謄本が昭和四五年一月二七日に、中西日よ志から控訴人への持分譲渡証が同年三月一七日にそれぞれ書証として提出され、同年七月七日には証人中西日よ志の尋問も行なわれて、(以上の事実は記録上明らかである。)控訴人が本件家屋の所有者であり賃貸人の地位にあることは明白となつたものである。然るに被控訴人らはその後も全面的に賃料の支払を拒否し続けて来たものであり、これによつて本件賃貸借に於ける信頼関係は破壊されたものと云うべきであるから、控訴人の契約解除は有効であつて、本件賃貸借は昭和五〇年五月二〇日を以て解除されたものである。
被控訴人らは、又、解除権は合理的な期間内に行使すべきであり、催告後久しきにわたり行使しないときは権利の失効の理論により失効すると主張する。しかしながら、解除権を有する者が久しきにわたりこれを行使せず、相手方においてもはや行使されないものと信頼すべき正当の事由を有するに至つたため、その後これを行使することが信義に反すると認められる特段の事由がある場合には格別、本件において、控訴人が本訴を通して被控訴人らに明渡しを請求し続けていることは弁論の全趣旨より明らかであつて、右特段の事由が存するものとは証拠上到底認めることができない。<中略>
二昭和五二年(レ)第一〇八号事件について
(被控訴人伊藤逸郎に対する請求について)
1、2<省略>
3 従つて被控訴人伊藤逸郎は、右解除による賃貸借終了にもとづき、控訴人に対し(四)の家屋を明渡す義務が生じたことになる。<証拠>によれば、被控訴人伊藤逸郎は、昭和四九年四月、(四)の家屋を被控訴人松本に売渡し他に転出したことが認められるが、賃借人が終了したときは賃貸人に目的物を返還する義務があり、(四)の家屋を控訴人に対して明渡したとは認められぬ以上は、右義務は免れず、その間遅延損害金の支払義務も負うこととなる。
ところで、<証拠>によれば、被控訴人伊藤逸郎より(四)の家屋を買受けた被控訴人松本は、(五)の家屋とともに建替えを行い、一戸の建物としたことが認められる。
賃借人の目的物返還義務は、特定物を目的とする債務であるから、(四)の家屋が右建替えにより元の建物とは全く同一性のないものになつてしまえば、損害賠償義務が残ることは格別、被控訴人伊藤逸郎の控訴人に対する右明渡義務自体は履行不能となつて消滅することになる。
これを本件についてみると、<証拠>によれば、(四)と(五)の家屋は一棟の建物を東西に区切り、北が(五)、南が(四)となつていたところ、被控訴人松本はこれらを修理しようとしたが、屋根や柱の朽廃が著しいので、全面的な改築を行い、(四)の家屋の部分は全面的に取りこわし、(五)の家屋の部分も西側を取りこわして建替えを行い一戸の建物としたこと、残された部分(五)の家屋の東側)の面積は全体の四分の一程度であり、その部分についても、建替えの際に、床板を替え、新しい柱を入れ、新しい屋根をつけていること、以上の建替えは昭和五一年一二月ころまでに行われたこと、の各事実が認められる。以上の事実からすれば、被控訴人松本が建替えて一戸となつた建物は、従前の(四)、(五)のいずれとも同一性のない新しい建物であり、残された部分もこの新しい建物の一部となつて独立性を失つたものといわなければならない。
従つて、被控訴人伊藤逸郎の(四)の家屋の明渡義務は、昭和五一年一二月をもつて履行不能となり消滅したことになる。<中略>
(被控訴人松本に対する請求について)
そして、他に占有権限の主張がない以上、被控訴人松本は所有者たる控訴人に対し、その明渡をなす義務を負うことになるが、前記被控訴人伊藤逸郎に対する請求についての理由3で述べた通り、被控訴人松本は、昭和五一年一二月までに、(四)と(五)の家屋を建替えて従前と全く同一性のない新しい一戸の建物として、(五)の家屋の残存部分も新しい建物の一部となり独立性を失つたのであるから、その時点において、控訴人の所有権にもとづく(五)の家屋の明渡請求権はもはや行使しえなくなつたこととなる。
(林義一 河田貢 三輪佳久)